RO備忘録洒脱編。


by N_Haruichi
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破のこと


 新劇場版ヱヴァンゲリヲンの話





 放映の終わり際に観て来ました。7月は忙しかったもので無理でした。
 プロフの整理をすると言いましたが、まあ、書き留めておける所がここだけで;


 まず――
 僕がどういう視線でこの『破』を観ていたかというと、
 『旧劇場版と同じ明度(明るさ暗さ、雰囲気)の作品になったら、もう見るのはやめよう』
 という視線で観ていた。

 それは、何故かというと、庵野さんを含めた全てのスタッフの気分というものは、
 経年とともに必ず変性するからだ。
 それがごく自然なことである以上、その心変わりを抑え付けた上で新劇場版に取り組もう、
 と言った所で、それはおそらく不可能な話だっただろう。
 仮に形に出来たとしても、その場合はきっと、どんな素人が見てもわかるようなぎこちなさが
 スクリーンに投影されることになったのじゃないだろうか。

 そして、観てきた『破』にはそんなものは欠片もなかった。
 これは、作り手が素直に作品と向き合えた結果なんだと僕は勝手に考察している。

 製作者にとって一番不幸(苦痛)なことは、器も中身も同じものをつくり続けることだと思う。
 この場合で言えばエヴァンゲリオンが器で、中身はその主題のことだ。
 どちらかが違っていればつくり続けられる。

 旧劇場版と新劇場版ではもう、テーマが違っていると思う。
 この『破』でそれを確信した。
 そしてそれはやはり、作り手側の経年による心情の変化のせいだ。
 ふらふらと流動したのかもしれないし、確固とした意志で変化していったのかもしれないが、
 僕はそのどちらでも良い、好ましい、と思う。
 裏を返すと、変化していなかったら、お前つまんないねってこと。


 私が死んでも代わりはいるもの


 この台詞は本ものの絶望の代名詞だったと思う。覆されたためしがなかった。

 十二年前の時空のシンジ、現在の時空のシンジと考えると、
 彼が、十二年間ずっと、二人目のレイを助けたがっていたように見えて仕方がない。
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by N_haruichi | 2009-08-02 04:05